「失礼します」

そう言って僕は職員室を出て、教室へと向かう。

ふと外を見ると、もう夕方になって帰る生徒の影もちらほら見えた。

「やれやれ、今日は図書室には寄れそうもないかな」

僕は独り言を言うと、たんたんと階段を上って行く。

そう言えばアロエはまだいるのかな。ふとそんなことを思い、立ち止まる。

たまには一緒に帰ってあげたら喜ぶかな。普段は僕に気を使ってくれて、

一緒に帰りたいのを我慢して帰ってるときもあるらしいし。

そんなことを思いながら僕は階段を歩き、教室へと向かう。

アロエがまだ教室にいるかどうかはわからない、でも、いたら誘ってもいいかな。と思う。

教室の中には入ってみると、アロエの姿はなく、僕は心の中でため息を一つついた。

アロエが行きそうなところを探しに行けば会えるかもしれない。どうしようか少し悩んだ。

(いいや。もし途中で会えたら声をかけよう)

そう思うと僕はかばんを手に持ち、教室を後にした。

 

ちょうどその頃・・・。

「ごめんね。手伝ってもらっちゃって」

当のアロエは他クラスとの合同授業で使った器具の片付けをラスクとしていた。

「ううん、構わないよ。これで終わりだね・・っと」

そう言って教室の端っこに物を置きながらラスクが言った。

そして二人は教室から廊下に出ようと出口へ向かう。

「ラスクのおかげで早く終わっちゃった、ありがと♪」

「ううん。二人でやらなきゃ大変だったしね」

そう言いながらラスクは先に教室を出て、アロエの方を振り向く。

「でも、やっぱり・・・きゃっ!」

アロエは廊下に出る時に扉のところでつまづいてしまった。

「危ない!」

ラスクは慌ててアロエを抱えようとする。しかしその時アロエの唇がラスクの唇に触れてしまった。

 

 

普段ならまっすぐ下駄箱へと向かって、帰るのだが・・

少しでもアロエに会えるのを期待して、僕は少し遠回りをしながら下駄箱へと向かっていた。

その途中で、廊下を曲がったところで、遠くにアロエと・・・ラスクを見つけた。

ちょうど、アロエがラスクに抱えられるような感じでキスをしていた所を見てしまったんだ。

僕は・・一瞬見間違いかと思った。でも、それは見間違いではなかったんだ。

自分ではどんな顔をしていたかわからないが、もちろん絶対に人には見せたくない顔をしてたのだろう。

僕はそのままその場を逃げるように走り去って、寮へと戻った。

 

一瞬は二人とも目を大きく開けて、そのまま動けずにいた。

しかしすぐさまアロエがラスクから離れて、下を向いてうつむいた。

「あ、アロエ・・ごめん・・」

「ううん、助けてくれて・・・ありがと・・・」

二人ともがしどろもどろになりながら言うと、ふとラスクは目線を違う方向へ向ける。

「ラスク・・・どうしたの?」

「・・・ううん、誰かが今・・いたような気がしただけ・・」

アロエはラスクの見ているほうを見てみたが、もうそこにはただ廊下しか見えてなかった。

「とりあえず・・・帰ろうか・・・」

「うん、今日はありがと。ラスク、またね」

アロエはそう言うと廊下を走ってそのまま寮への帰路に就いた。

 

外には雨が降っていて、本来なら持っている傘を差して歩くのだけれど、そのまま

雨を気に止めることなく、僕は部屋に戻ると、置いてあるタオルで頭をぶんぶんと横に振りながら拭いた。

「・・・間違いだ。絶対にさっきのは何かの間違いだ・・・」

僕はそうつぶやいたが、気持ちが晴れるわけもなく、普段は机の上に置くかばんを珍しく床に放り投げた。

宿題はあったのだが、全くやる気も起きず、そのままシャワーに入って、再び部屋に戻ると

そのまま布団の中へと身を潜り込ませた。

「アロエ・・・」

無意識に僕はアロエの名前を呼ぶ。ふと、自分が泣いていたのに気がついた。

どうして泣くのか、どうしてこんなに気分が沈むのか。具体的な名前が思いつかないまま僕は目を閉じた。

 

次の日の朝、普段より早く目が覚めた僕は、一気に宿題を終わらすといつもと変わらぬ感じで部屋を出て、

アカデミーへと向かった。

(アロエにもし会ったら・・僕はどんな顔をすればいいんだろう・・)

そんな答えのない質問を自分にしながら、僕は教室に入る。

「セリオス、おはよぉ〜」

アロエは僕を見つけると、にこにこと笑って挨拶して来る。

「ああ、おはよう。アロエ」

「セリオス、調子とか・・悪くない・・?」

僕は普段と同じような感じで言ったつもりなのだが、どこか違ったのだろう。

心配そうな目で僕の顔を覗き込んでくる。僕は自分の心の中を気づかれたくはないので必死に

「大丈夫だよ。普段と変わらない」

と表情を作りながら言った。アロエは少しまだ不安になってたみたいだけれど、そのまま席に戻っていった。

 

その日はちょうど月1回の男子と女子で内容が別々になる特別授業の日で、アロエと目をあわさずにすむ

ことに僕はほっとしながら授業をいつものように淡々と受け続けた。

その日はそれでよかったけれど、次の日から、どうすればアロエと目をあわさずに済むか。僕はそれを考えていた。

ラスクはまだ違うクラスだからいい。でも、アロエは・・・

その答えが見つからないまま、僕は普通に一人で寮に帰り、部屋に入るとすぐに鍵を閉めた。

そして明かりもつけず、アロエに部屋にいない、あるいはもう寝ている。と思わせるような行動をしていた。

次の日から僕は、アカデミーに行ってもギリギリで教室に入ったり、授業が終わると用事もなく教室を出たり。

さりげなくアロエのことを避け続けた。

ラスクに対しての嫉妬だけではなく、アロエに・・どんな顔をすればいいかがわかってなかったから。

 

授業終了のチャイムが鳴る。

「セリ・・・」

アロエはセリオスに声をかけようとしたが、もう誰もいないセリオスの席を見ると、言葉を止めてため息をついた。

「あら?アロエ、どうなさいましたの?」

少し泣きそうな顔になっていたアロエにシャロンが声をかける。

「あ、シャロン・・・」

下をうつむきながら話そうとするアロエを手で制して、シャロンはそっとアロエに近づくと、

「ここじゃ人に聞かれますわね。ちょっと場所を移しましょう」

そう言うとアロエの手を引っ張って、教室から二人で出て行った。

 

教室のある階の端まで歩いてきたところで、シャロンは手を離し、

「セリオスに避けられてるみたいですわね?一体何をしましたの?」

と心配そうな顔でアロエに聞く。

「あぅ・・・あのね・・・」

アロエは数日前のラスクとのこと。それからセリオスの様子がどこかおかしいことを話した。

すべてを話し終わって、アロエがシャロンの方を見ると

「アロエ。これは私の考えですけれど、ほぼその場にいた誰かはセリオスだと思いますわ。

 そして、この問題は私ではどうすることも出来ません。アロエ自身がセリオスに聞いて、

 自分の気持ちを言うしかないと思いますわ」

じっとアロエの目を見ながらシャロンが言ってくる。

「でも、アロエ、セリオスに避けられてて話なんて・・・」

「そこで弱気になっては駄目ですわ。アロエはセリオスが好きなのでしょう?でしたら、いないなら探して。

それで自分の話を聞いてもらうくらいじゃないと駄目ですわ。嫌いなら話は別ですけれど」

アロエはシャロンの言葉にぶんぶんと大きく首を横に振る。

「そう。だったら頑張ることですわ。大丈夫、アロエの気持ちはセリオスも知ってると思いますわ」

シャロンは微笑みながらアロエに言う。それと同時にチャイムがなるのが聞こえた。

「とりあえずは授業を受けないといけませんわね。戻りますわよ」

シャロンがそう言ってアロエはうなずくと二人は教室へと戻った。

 

そしてその日の放課後、僕は誰もいない場所を探して、普段はめったに来ない屋上へと

階段を上ってやってきていた。           

いまだあの時のあの光景が忘れられない。僕は自分の中にアロエがこんなにも大きくなっていたことに

戸惑いながら、それでもやはり気分が沈むのは変わらなかった。

「セリオス・・・?」

いきなり後ろからアロエの声が聞こえて、僕ははっと後ろを振り向いた。

そこには確かにアロエがいて。でも、なんだかアロエの表情もいつもより暗かった。

「どうしたんだい?アロエ」

なるべく優しく僕は言ったつもりだったが、アロエの表情は全然明るくはならずに、さらに暗くなって。

それでもアロエはただ僕を、僕の目をまっすぐに見て

「この間、セリオス・・。アロエと、ラスクが、その・・・。キスしたところ・・見てなかった・・?」

と聞いてきた。僕はアロエのその言葉に、無意識的に表情が変わっていたのだろう、僕を見ていたアロエはばつを悪そうに下を向いてしまった。

「やっぱり・・・見ていたんだね・・・だから、避けてたの?アロエのこと・・」

今にも泣き出しそうな震える声でアロエが僕に聞いてくる。でも僕は何も言わずに・・

いや、何も言えなくて、ただそのままアロエのことを見ていた。

すると、アロエは僕の近くまで歩いてくると、ちょうど高さ的に僕の胸のところに頭が来る様な感じでぶつかってきた。

「アロエ・・?」

その行動の意味がわからず、僕がアロエの名前を呼ぶと、

「ごめんね、ごめんね・・。いつも・・セリオスに迷惑ばっかりかけて・・。

 言い訳にしか聞こえないってわかってるけれど・・あれは事故なの・・アロエはアロエは・・・、セリオスだけなの。セリオスしかいないの・・・。

でも、こんなのじゃ、アロエ・・セリオスに嫌われちゃうよね・・・ごめんね、ごめんね・・・

アロエを・・嫌いにならないで・・・」

アロエが必死に泣いて謝っていた。うつむきながら。でも小さな体を震わせて。

声だって、涙でかすれていた。僕はただそんなアロエがどうしようもなく愛おしく思えて。

僕は少ししゃがみこんで、アロエと目の高さをあわせると、

アロエを思わずぎゅっと抱きしめた。

「アロエは悪くない・・。悪いのは僕だ・・。僕がアロエのこと避けたりしなかったら、こんなに悲しまずにすんだかも

 しれないのに。僕こそアロエを傷つけてる・・ごめん・・気が済むまで、泣いてていいから・・」

僕はそのままアロエを抱きしめて、アロエが泣き終わるまでずっと待ち続けた。

 

それから一体どれだけの時間がたったのだろう。いつしか夕陽はほとんど沈んで、まわりはもう暗くなってきていた。

「ごめんね・・。もう、大丈夫だから・・・ありがと・・・」

ふとそんな声が聞こえて、僕はアロエを離した。

アロエは、両手で涙をふき取ると、僕の顔を覗きこんで、あの時、何があったかを僕に説明した。

アロエは僕に説明をし終わると、また顔を見られたくないのか、下をうつむいてしまった。

「セリオス・・、アロエのこと、嫌いになっちゃった・・・?」

今にも消えそうな声でアロエが僕に聞いてくる。

「嫌いになんかならないよ。それより・・やっぱり僕はアロエが好きなんだ。アロエが・・

 他の誰かと。とかいうのを考えたり、見たりするのはやっぱりとても嫌いなんだ・・」

僕は首を横に振りながら答える。アロエはその僕の言葉を聞いて、また今度は僕の目の前で泣き始めた。

僕がそんなアロエに戸惑っていると、「ありがとう・・」とアロエは小さな声で言うと、

今度はアロエのほうから僕に抱きついてきた。

「アロエ・・・?」

「アロエも、セリオスだけだから・・。キスしたり、髪をなでられたり・・。

 セリオスじゃなきゃいやだから。これからも・・セリオスを不愉快にさせちゃったり、悲しませたり・・しちゃうかもしれないけれど・・・

でも、アロエを・・嫌いにならないでね・・」

アロエがすごく不安そうに。体を震わせながら言ってくる。

僕はそんなアロエが好きだから、離したくないと思うから。

ふっと微笑むとその返事の代わりに、アロエの唇にそっとキスをした。

そして顔を真っ赤にしているアロエの耳元に

「僕もこれからまたアロエを悲しませたりしてしまうかもしれない。でも、これからも僕が好きなのはアロエだけだから。

今日はもう暗くなったし、誰もいないだろう。一緒に、手をつないで帰ろうか」

と言うと、アロエはとてもうれしそうに僕に微笑んできた。

僕はこれからもアロエを一番に思うだろう。この笑顔をずっと見ていたいと思う限り・・・


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