「えーん。もうこんな時間なのぉ!?」
アカデミーの寮のアロエの部屋。出かける準備をしながら時計を見たアロエが大きな声を上げた。
時計が示す時間は8時55分。今日は授業が休みなので、セリオスと出かける約束をしていて、9時に待ち合わせをしていた。
「こんなのじゃ、また遅刻しちゃうよぉ・・。うぅ・・。」
お気に入りの淡いブルーのスカートを急いではいて、手さげのかばんを持つと、
アロエは慌てて部屋を飛び出した。
「・・・今日も、かな。まったくアロエは・・・」
待ち合わせ場所になっていた公園のベンチに座って、いつものように15分前に来ていたセリオスは持っていた本から腕時計に目を移すと、少し呆れながら呟いた。
アロエとの待ち合わせで、アロエが時間に遅れるのは今日が初めてではなく、今までに何回もセリオスは待たされるのを経験していた。
「大きくなってもアロエはアロエか。そこもまた可愛いけどな。さて。今日は何分くらい待つことになるのかな」
セリオスはそう呟くと、再び視線を持っていた本に戻してアロエを待つことにした。
それから10分位してからだろうか、とたとたと言う音が聞こえてきたのでセリオスは音が聞こえてきたほうに目をやった。
すると予想通り、アロエが一生懸命走って、セリオスの隣で止まった。
「ごめん・・・ね・・・セリオス・・遅くなって・・」
息を切らせながら、申し訳なさそうに謝るアロエにセリオスは髪の上に手を置いて、
「そんな待ってないから問題ないよ。それよりまずは落ち着こうか」
とやさしく笑いかけながら言った。アロエはこく。とうなずくとベンチに座り込んだ。
「そういえば、セリオスって最近のアカデミーの授業はどうなの?」
少し落ち着いてきたのか、アロエがセリオスの顔を覗き込みながら言う。
「うん、最近は基本項目もそうだが、属性項目の授業も増えてきた気がする。アロエのほうはどうなんだい?」
「アロエもそんな感じかなあ。属性の授業ってとても大変だし。いつも疲れちゃうし。あ、でも最近は高位も少しは使えるようになってきたんだよー。」
「へぇ、すごいじゃないか。今度見せてもらうとするかな?機会があればだけど」
セリオスの言葉にアロエは嬉しそうな顔をして大きくうなずいた。
そして、落ち着いたのかアロエはおもむろに立ち上がると、セリオスの手を自分から握って
「いこ。遅くなっちゃうし☆」
と言いながら歩こうとする。セリオスはそんなアロエに微笑みながら、アロエの隣に並ぶように歩き出した。
「で、今日はどこに行くんだい?」
秋にしては風が穏やかで、日差しもちょうど言い暖かさの下でセリオスが問いかける。
「うーん。どうしようかな〜♪お買い物にでも行こうかな〜♪」
いろいろ考えるのがとても楽しそうにアロエが言いながら歩く。
セリオスはそんなアロエを見ているのは好きなので、そのままアロエの方を見ながら歩いていた。
そしてしばらくの間楽しそうに何をするかを考えながら歩いていたアロエが、いきなり立ち止まった。
セリオスが止まったアロエの方を不思議そうに振り向くと、
「うん。やっぱり今日はお買い物に行きたいなっ。セリオスぅ、だめ?」
アロエがにこにこと笑いながら首をかしげて聞いてきた。
セリオスはそんなアロエの笑顔を否定も出来ないし、またする理由もないので、
「僕はアロエの行きたいところだったらどこだって構わないよ」
と答えた。するとアロエは
「わーいっ☆じゃあ、れっつごー♪えへへ、おかいもの〜♪」
と言いながらまたさっきのように元気よく歩き出した。
珍しく平日に授業がない日だったので、人が少ないかと予想していたが、それでもやはり道には人が多く歩いていた。
その中を歩くセリオスとアロエ。
昔だったら、アロエがまだ子供であり、身長も低かったことから兄弟にしか見られないことも多かった。
しかし、月日が流れ、今となってはアロエも大きくなり、セリオスと並んでも十分釣り合いが取れるようになっていた。
もちろんセリオスのほうも、容姿端麗になおさら磨きがかかり、アロエもセリオスも歩いていると通り過ぎる人が二人を振り向いていくのに気がついていた。
「また見られてる〜・・。アロエ、何かおかしいのかな?」
「気にしなくていい。アロエはおかしくもなんともないから」
セリオスが心配そうに見つめてくるアロエに優しく言うと、アロエも納得したのかうなずいて、また近くの店でウィンドウショッピングを始めた。
服を眺めたり、ぬいぐるみを眺めたり。そんな普通の時間が流れていくだけだったが、セリオスにとっては退屈でもなんでもなかった。
好きだと思う女の子と一緒にいること。その子のために時間を使うこと。
これはセリオスにとっては、例え自分にとっては意味がない時間だったとしても、自分からこの使い方を望むし、それだけアロエといる時間は大切なものだった。
すると、ショーケースを眺めていたアロエから「ぐ〜」と言う音が聞こえてきた。
「アロエ?」
「うー。やっぱり聞かれちゃったかぁ。恥ずかしいよ〜・・」
セリオスが聞いたとおり、それはアロエのおなかが鳴った音で、気がついたらもう1時をまわっていた。
「僕も少しおなかがすいたし、まずは何か食べるかい?」
アロエに問いかけると、アロエは大きくうなずいて次の瞬間にはセリオスの後ろの方を指差していた。
セリオスがアロエの差した方を振り向くと、そこには大きくはないけれど、街の中にもかかわらず緑に囲まれたレストランがあった。
「ここにするかい?」
セリオスの問いにアロエが大きくうなずく。セリオスはそんなアロエを見てうなずくと、アロエの手を再び握ってそのレストランへと向かった。
「おいしかった〜♪」
食後に出てきたアップル・ティーを飲みながら、アロエが満足そうに言う。
セリオスもそんなアロエに同調してうなずく。
「それにしても、いい店に入れたな。アロエは知ってたわけじゃないだろう?」
「ううん、実は昨日のうちにちょっと調べてあったの。行けたら行ってみたいなー。ってそう思っていたから♪
ほら、セリオスもこういうの嫌いじゃないでしょ?」
そんなアロエの言葉を聞いて、セリオスは「まあ、確かに」と軽く言いながらも内心はアロエが好みを考えていてくれたことが嬉しかった。
「そう言えば、アロエ」
「はい?どうしたの?セリオス」
アロエがきょとんとしながらセリオスのほうを見る。
「今日はちょっとアロエにプレゼントがあるんだ」
「わー、そうなの?すごくうれしい♪一体なぁに?」
何がもらえるのか期待しているような表情のアロエを見ながら、セリオスは持ってきていたかばんから物を取り出そうとした・・。と同時に
「火事だー!!」
と言う声が道のほうから聞こえてきた。
セリオスがその言葉を聞き、アロエの方を向くと、
「セリオス、火事だって。アロエたちに何か出来ることあるかもしれないから、行こ?」
とアロエがすでに立ち上がりながら言った。
「そうだな。けがをしている人もいるかもしれない。行こう」
セリオスはうなずいて立ち上がると、急いで会計を済ませてアロエと一緒に外に出た。
道に出てみると、30mくらい先に煙が上がっているのが見えた。
セリオスはアロエの方を見て、お互いにうなずくと、現場に向かって走って向かった。
火事の現場に着くと、もう既に火がかなり回っていて、少し離れたところに怪我をしている人が2人くらい見えた。
「セリオス・・・」
「アロエ。僕は火を消すのを試みてみる。アロエはけが人の方を見てくれないか?」
「うん、わかった!セリオスも無理しちゃだめだからね?」
アロエはそう言うと、けが人の近くに歩いていく。
セリオスが燃えている建物の近くに行こうとすると、
「おい、あんたは何者だ?危ないから下がっていたほうがいい」
と近くにいた人から声をかけられた。セリオスはポケットからアカデミーの身分証明を取り出すと、
「僕はアカデミーの生徒です。今から消火作業を試みるので、離れていてください」
と言うと、「わ、わかった」と言いながらまわりにいた人がセリオスと建物から離れていく。
そしてセリオスは再び建物に向かうと、目を閉じて集中を始めた。
「レ・ヴォルーク・ファス・エフェス・バル・ツェズィス・・・(悠久の古より在りし氷の結晶よ その力を我が命に答え呼び覚ませ)」
そしてセリオスは目を開くと、燃え盛る炎に向かって右手をかざし、
「フリーズェスラクセス(凍り消え去るがいい)」
と小さくつぶやいた。
すると次の瞬間には、燃えていた家が一瞬にして凍りに包まれ、次の瞬間には「ピシッ」と言う音と共に氷が崩れ去り、あとには白い煙が小さく立ち上る家が残った。
セリオスがその光景を見て、安堵の表情を浮かべると同時に離れていた人たちから歓声が上がった。
セリオスは達成感にフッと微笑んだが、すぐにアロエの状況の確認のため、アロエの方を向いた。
アロエは二人いたけが人のうち、一人は治療が終わり、もうひとりの治療に取り掛かっていた。
まだ小さな子供で、とても痛いのか泣き声も聞こえる。
セリオスはアロエに声をかけようとしたが、アロエが集中状態に入っているのを見て、そっとアロエの後ろで立ち止まった。
「つらいよね。今、お姉ちゃんが助けてあげるからね」
アロエはそう言うと折れているらしい右足のひざのあたりに両手をかざすと、ゆっくりと目を閉じて詠唱を始めた。
「ラ・フィクス・エンス・ロヴ・リュームクェル・フェイム・・・(人々を照らせし聖なりし光の名の下に)」
アロエの口から紡がれる言葉と同時に、アロエの両手が柔らかい光を放ち出す。
「ヒーレジェスティクス(癒しの光に包まれたまえ)」
そしてその光は、子供の全身を包み込み、やがて何事もなかったように消えた。
「はい。どう?痛いの、なくなった?」
アロエが心配そうに子供に言うと、子供のほうはにっこりと笑うと、
「うん!もう痛くない!!お姉ちゃん、ありがとー」
そう言って立ち上がると、近くにいた母親らしい人の下へ走っていった。
「アロエ」
「よかったぁ・・。失敗したらどうしようかってすごく不安になってたの。でも、セリオスがそばにいてくれたの、知ってるから」
アロエが立ち上がってセリオスに笑いかける。と同時に、背中からセリオスにもたれかかった。
「アロエ・・?」
「あ、ごめんね、セリオス・・。ちょっとアロエ、疲れちゃったみたい・・」
心配そうに問いかけるセリオスにアロエが力なく笑いながら答えてくる。
「アロエ自身が無理しちゃだめじゃないか・・。少し休むかい?」
「うん・・そうする、ごめんね。セリオス・・」
申し訳なさそうに言うアロエに対して、セリオスは首を横に振るとアロエに笑いかけて、
「じゃあ、少し人がいないところに行こうか」
とアロエを抱えてその場から歩き出した。
「ち、ちょっと、セリオス・・・。恥ずかしいよぉ・・・」
アロエが顔を真っ赤にしながら小さく言ってくる。アロエがそういうのも無理はないだろう。セリオスはアロエを「お姫様だっこ」で抱えていたのだから。
「気にしなければいい。アロエは少し休んでていいよ」
セリオスは周りに一切目を向けることなく、アロエにそっとささやいてそのまま歩き続けた。
そして、街を出て、広い草原まで来たところでアロエを下ろし、自分も草の上に座った。
「おかいもの、つぶれちゃったね・・」
「仕方がないよ。買い物はまた次でも行けるし」
「でも、セリオスってやっぱりすごい。アロエは中位属性魔法でこんなに疲れちゃうのに、セリオスは高位属性魔法でアロエより疲れてないもん。それに・・すごく格好よかったよ。セリオス♪」
アロエがにこにこと笑いかけながら言ってくる。セリオスはそんなアロエの言葉に少し恥ずかしくなって空を見上げた。
「そういえばセリオス、さっきのアロエへのプレゼントってなぁに?」
アロエがふと思いついたように聞いてくる。セリオスは「ああ」とかばんから小さな箱を取り出して、アロエに渡した。
「開けても、いい?」
アロエが問いかけると、セリオスは優しく微笑んでうなずいた。
アロエはすごく嬉しそうに箱を開けると、すぐにとてもびっくりしたような顔でセリオスのほうを見た。
「セリオス、これ・・・アロエに・・?」
箱の中には小さな宝石がついた指輪が入っていた。その宝石は、昔アロエに約束の印としてもらったネックレスについていた宝石だった。
「そう。アロエに」
セリオスの言葉に、アロエがセリオスと指輪とを交互に見比べる。
「僕たちはまだ半人前にしか過ぎない。だから、今はまだ僕はプロポーズはアロエには出来ない。けれど、いつか賢者になって、ちゃんとした大人になれたら。その時は・・・」
セリオスがアロエの目をまっすぐ見ながら言ってくる。アロエはそんなセリオスの言葉を途中で遮って、
「アロエで・・本当にアロエでいいの?アロエは、小さい頃からセリオスのお嫁さんになるのが夢だったから、だから待つのはいくらでも大丈夫。セリオスがいてくれるなら・・・」
セリオスは不安そうに言うアロエを見ると、アロエに渡した箱から指輪を取って、それをアロエの指にはめた。
「僕はアロエと一緒にいたいと思うから。誰よりもアロエのことが好きだから。これからも今までと同じようにずっとアロエといる時間を大切にしたいと思うから。だからアロエが良ければ、僕を信じてほしい」
セリオスがアロエに言うと、アロエは下をうつむいて震えていた。
「・・アロエ?」
セリオスがアロエの顔を覗き込むと、アロエは涙をこぼして泣いていた。
「アロエ・・僕は・・・」
「ううん、違うの!アロエは悲しくて泣いてるんじゃないの!セリオスがそう思っていてくれてるのが嬉しくて、アロエ、とってもしあわせで。アロエ、ずっと待ってるよ。1年後でも、10年後でも、もっと先になっても。ずっと、ずっとセリオスを信じて待っているから・・・」
アロエはそう言うと、泣いたままセリオスに抱きついてきた。
セリオスはそんなアロエがとても愛しくなって抱きしめると、手を離してアロエの顔に手を当てると、そっとアロエの唇にキスをした・・・。
『これからも、今までと同じように二人でずっと歩いていこう』
『うんっ!アロエ、セリオスと一緒なら何にも怖くないよ☆』