2/14 St.valentine‘s day。
女の子にとって、1年の中でも特別な日の一つであり、好きな異性にチョコレートを渡す日でもある。
それはセリオスを大好きなアロエも、他の女の子と同じように、どうしようか頭を悩ませていた。
「うーん・・どうしよぉ・・・」
誰にも聞こえないような小さな声で呟く。
放課後の図書室には人影もまばらで、アロエの近くにある窓からは、夕陽の光が差し込んでいた。
「アロエちゃん、どうかしました?」
後ろから声をかけられて、びっくりしたアロエが後ろを振り返ると、そこにはクララが立っていた。
「あっ、ううん、な、なんでもないよ?」
「バレンタインデーのチョコレートですか?」
小声で言うアロエに、机の上においてある本―チョコレートの作り方が書いてある本を見ながら、クララがアロエの耳にそっとささやいて聞いてくる。
「うん・・・。どうしようかなぁ・・って・・。あ、でも、今回はこの間みたいにクララと一緒じゃなくて、アロエ一人で頑張ってみようかな。って」
アロエがそう言うと、クララはわかってくれたのか、
「ええ。今回は私も一人で作ってみようかな?って思っていたんです。お互い、がんばりましょうね?」
そうにっこりと笑って、再び受付の方へ戻っていく。
アロエはそんなクララの後ろ姿を見ながら、「ありがと、クララ」と心の中で感謝をした。
そして、再び机の上においてあった本に視線を戻す。
セリオスは甘いものはそれほど得意じゃない。だから、使うのはビターチョコレートがいいかな?
でも、それだけだとアロエが食べられないから、ちょっとスイートチョコレートもいれちゃおう。
1ページ1ページの中身を丁寧に見ては、ゆっくりとまた違うページを開いて、いろいろなことをアロエは考える。
どうすればセリオスが喜んでくれるか。
セリオスに「おいしい」と言ってもらいたいから。
優しい笑顔でアロエのことを見てほしいと思うから。
「アロエちゃん、もう今日は終わりですよ」
ふと再び後ろからクララに声をかけられて、アロエははっと顔を上げた。
いつしか、窓から入ってきていた夕陽の光はなくなって、外は星が輝く夜の世界へと変わっていた。
「あっ、ごめんね、クララ・・。残っていて、くれたの?」
周りにもうだれも生徒がいないことを見ながら、アロエは申し訳なさそうに言った。
「いいえ、大丈夫ですよ。さっきまで最後の生徒さんいましたし」
アロエの心配そうな顔を見て、クララが微笑みながら返してくる。
アロエは、そのクララの言葉を聞くと、テーブルの上にあったさっきまで読んでいた本を持つと、
「これ、借りていっても大丈夫?部屋でもうちょっと調べておきたいし・・・」
「はい、大丈夫です。じゃ、ちょっと貸してくださいね」
そう言って、クララはアロエから渡された本に貸し出し処理をして、再びアロエに返した。
そして、クララとアロエは図書室を出た。
昇降口に降りて、アカデミーの外に出るともうあたりはすっかり暗くなっていた。
冬の風は冷たく、アロエは思わず自分の腕を抱いて、寒いのをこらえた。
「明日は日曜日ですから、またあさってですね。おやすみなさい」
寮の方向が反対なクララが、そう言ってアロエにぺこりと挨拶をしてくる。
「あっ、そっか。また、あさってね♪」
そんなクララに手を振りながら、アロエも笑顔で答えた。
そして部屋に戻ってきたアロエは、制服を脱いで、シャワーを浴びるとお気に入りのパジャマに着替えて、
再び自分の机の上に、借りてきた本を置いて中身を読み始めた。
「うーん・・・どういうのなら・・喜んでくれるだろうなぁ・・」
そっとため息をつくようにつぶやいてみる。
ふっと本から目を離して、椅子から立ち上がるとそのままベッドの中へと倒れこんだ。
「あ、お酒は入れるの、やめておいたほうがいいかなぁ・・」
前にクララとチョコレートケーキをつくった時は、お酒を入れて・・・食べた後、アロエは寝ちゃったみたいで。
気がついたら、セリオスの・・・体の上で寝ていたんだよね・・・。
思い出して、顔が赤くなるのがわかった。だって、恥ずかしかったし・・・。
セリオスは「何もなかった」って言ってくれたから、信じるけど、またお酒とか入れちゃって、
セリオスに迷惑なんかかけたくないから、今回はやめよう。
そう決めると、再び起き上がって、また椅子に座って本に目を通し始めた。
それからしばらく時間が流れて、少しアロエにも眠気が襲ってきた頃、
「うん・・やっぱりこれが一番いいかなぁ。明日の午後はチョコレートを作らなきゃいけないから、午前中に
お買い物に行ってこないと。えっと、買うものは・・・」
アロエは本のとあるページを開いたまま、そこに書いてある材料をノートに書いていく。
そして一通り書き終わったら、そのノートをページに栞のようにはさんで、本を閉じた。
それからベッドに再びもぐりこんで、電気を消すと、
「セリオス、おやすみなさい・・・」
いつものように、セリオスには聞こえるはずないけど。アロエはそう言って眠りについた。
翌朝、アロエは起きると制服に着替えて、昨日借りた本と、ノートを持って部屋を出た。
「えーと、必要なものは・・・」
ノートを開いて、確認をしながら買い物をすませていく。
「あら?アロエじゃない。どうなさいましたの?」
その途中でシャロンと偶然に会って、声をかけられた。
「あ、シャロン、おはよー」
「・・バレンタイン用の買い物かしら?」
「うん、そうなのー。セリオスにあげようと思ってー。そういうシャロンも?誰かにあげるの?」
「そっ、そんなことないですわ!自分が食べようと思って買い物をしているだけですの!!」
聞いちゃいけないことを聞いちゃったのか、シャロンが思い切り反論をしてくる。
アロエがその勢いに圧倒されて、「う、うん・・」とうなずくと、
「わかればよろしいですわ。それでは、私は帰りますので。ごきげんよう。明日またお会いしましょう」
と足早に帰っていってしまった。
「なにをそんなに慌てていたんだろ・・?あ、お買い物の続きしなきゃ」
残されたアロエは首をかしげると、すぐに気を取り直して、再び、買い物を再開した。
「よいしょ・・っと・・・」
アカデミーの調理室。広い室内に、他の女の子の姿も何人か見えた。
その中で、近くに誰もいないテーブルの上に買った材料の入った袋を置くと、アロエはテーブルの上に本を広げた。
今回、セリオスのために作ることに決めたお菓子は、『コーヒーブラウニー』。
「よーしっ。がんばりまーすっ!!」
誰に言うわけでもなしに、アロエはそうつぶやくと、ボウルなど、いろいろな準備を始めた。
そして、一通り準備が終わると、袋からスウィートチョコレートを出して、それを包丁で細かく刻み始めた。
丁寧に、ゆっくり。セリオスのことを想って。チョコレートを刻んでいく。
「いたいっ!」
思わず、自分の左手の人差し指もちょっと切ってしまったアロエ。
少し涙目になりながら、指を口にくわえると、しばらくして、また再びチョコレートを刻み始めた。
そして、刻み終わったチョコレートをボウルに入れて、さらにバターを50g、インスタントコーヒーを小さじ1杯と1/2。
ちゃんと測って、ボウルに入れると、ラップをかけて、そのまま電子レンジの中に入れて、1分加熱をした。
その間に、フライパンを火にかけて、くるみ30gをローストして、それを皿に取って、同時に終わったボウルをレンジから取り出した。
そして、さらに取ったくるみを、手で割って細かくして、今度はヘラを使って、さっきのボウルの中身を混ぜて、
チョコレートを完全に溶かしきった。
今度は別のボウルに卵と砂糖を入れて、泡立て器を使って、軽く混ぜた。
次に、そのボウルに、さっき混ぜたチョコレートを入れて、さらに泡立て器で混ぜる。
「大変だけど・・・頑張らなくっちゃ・・・。セリオスに、喜んで欲しいし・・・」
アロエはそう言いながら、本を見ながら作業を少しずつ、でも確実に進めていく。
そしてそのボウルを、テーブルの上に置くと、今度は細かくしたくるみの上に、小麦粉50gとベーキングパウダー小さじ1/2を
ふるいにかけて、くるみと一緒に手で混ぜると、それをチョコレートの入ったボウルに入れて、ヘラできるように一緒に混ぜる。
次に四角い型に、バターを塗って、そこにボウルの中身を流し込んで、それをあらかじめ180℃に温めておいたオーブンに入れて、
時間を20分に設定して焼き上げに入った。
「あ、その間に他のこともやらなきゃ・・・」
今度は、鍋にインスタントコーヒーを小さじ1杯と、砂糖を30g、さらにお湯を小さじ1杯入れて、溶かして、『アイシングクリーム』を作る。
(アイシングクリーム=ケーキの表面とかに砂糖を主体とした被覆(コーティング)するのを目的としたクリームなどを指します)
そして、ケーキが焼きあがって、アロエは気をつけてオーブンから型に入ったケーキを取り出すと、それを型から外して、さっき作った
『アイシングクリーム』でコーティングをして、ケーキを冷ますことにした。
それから30分くらいぼーっとして・・・。アロエはケーキがさめたのを確認すると、ケーキのうちの半分にビターチョコレートと、
コーヒービーンズチョコをのせて、もう半分には、スウィートチョコレートと、チョコチップを乗せて、それをまず半分に切って、
それから一口サイズに切って、片づけを始めた。
それが終わって、全部をしまい終わって・・・。
「わーいっ!できたー!!」
でも、その頃にはもう調理室の中にはアロエしかいなかった。窓を見てみると、思いっきり夕方になっていたのである。
「これは、明日セリオスに渡すんだから、アロエの部屋の冷蔵庫に入れておこうっと♪」
アロエはそう言うと、ケーキを持ってきていた箱に丁寧に入れて、上機嫌で部屋に帰っていった。
翌日、バレンタインデー。
当然のようにアロエは朝からハイテンションでアカデミーに向かった。