晴れている日は、青い空が見えていた。

どんよりと曇っている日は、ぱらぱらと雨が降ってきたりもしていた。

私が身体を失って、誰からも見つけられなくなって・・・

ぼんやりと空を見上げるようになってから、どれ位の時が経ったのだろう。

最初の頃は数えてはいたけれど、いつからかやめていたし。

そう、いつものようにただ空を眺めて、楽しそうな声を聞くような毎日。

それは、あの日から変わっていった。そして、私も・・・。

 

その日もいつものように、アカデミーの中でふらふらとしていた。

ふらふらしているって言っても、他の人には私は見えないんだから、違うのかもしれないけど。

だから、その時もいつものように全く気にはしていなかったの。

「あの・・・こんにちは・・」

って、声をかけられても、私に声なんかかけてるわけない。って思って。

「こんにちは・・・?」

そう、だから、私に声をかけてるってわかった時にはすごくびっくりした。

「こ、こんにちは。私が・・・見えるの・・?」

聞き返しながら、声をかけてきた人をよく見てみる。

男の子・・かな、でもかわいい顔をしているから、女の子かもしれない・・。

その子は、私が返事を返すと、顔を上げて、にっこりと笑ってきた。

「わぁ、よかった。話しかけても聞こえないんじゃないかって、怖かったんです」

「ご、ごめんなさい。私のことが見える人がいるなんて・・・思わなかったから・・・」

私がそう言うと、その子はきょとんとした顔になった。

「え?あなたのことが見えるって・・・?」

そう言うと、まじまじと私のことを見つめてくる。そして、いきなりぽんと手を叩いて、

「あ、幽霊さんだったんですねー。ごめんなさい、気がつくのが遅くてー」

と、さっきと変わらない様子で言ってくる。

私が、少し呆けたような感じで立ち尽くしていると、

「あ、僕の名前はユウって言います。一ノ瀬 柚羽。あ、これでも一応男ですから。

あなたの名前を、聞いてもいいですか?」

と、自分の名前を紙に書いて、私に見せながらユウと名乗った男の子が言ってくる。

「あ、わ、私は、サツキです。桐生 早槻・・」

私がそう言うと、ユウはにっこり笑ってくる。そして、私に向かって手を伸ばしてきた。

「サツキさんかぁ。いい名前ですね。良かったら、僕と友達になってくれませんか?」

これには、私はとてもびっくりした。だって、私が見える人なんてはじめてだったし、

それに、私と友達になりたい・・・だなんて・・・。

「ど、どうして私なんかと?」

軽いパニックに陥りながら、そんな言葉が私の口をついて出てきた。

すると、またユウがきょとんとした顔をして、

「だって、僕以外にサツキさんが見える人、いなかったんでしょ?一人でいるのって、

淋しいって思うし、僕も淋しいの嫌いだから・・・」

と恥ずかしそうに答える。私はそんなユウの言葉を聞いて、知らずに目から涙がこぼれていたのに気がついた。

確かにそうだった。幽霊だから、周りの人に気づかれなくて、ずっと一人で。

淋しいって思っても意味がないことだから、その気持ちは閉じ込めることに決めていたのに。

でも、本当は一人でいるのは淋しくて・・・誰か友達が欲しくて・・・

私が泣いているのに気がついたユウが、すごく戸惑ったような表情をして、

「あ、あの、ごめんなさい・・。僕、変なこと言っちゃいました・・?」

「あ、ううん、違うの・・。そんな風に言われたこと、なかったから、びっくりしちゃって・・・。私でよければ、お願いします・・・」

私は、悪くないのに謝るユウに、そう言うと、ぺこりと頭を下げた。

この日から、私は一人じゃなくなった。そう、ユウが私のそばにいてくれるようになった。

 

そのあとで聞いた話だったんだけど、ユウは、私と初めて出会った日に、アカデミーに来た、転校生だった。

もともとは、ずっと西にあるレマーザルク共和国にある、アカデミーのヴァルエス分校にいて、

成績が極めて優秀だったので、アカデミー本校に招待生として来たらしい。

でも、知らない場所に一人で来るのはやっぱりとても淋しかったらしく、アカデミーに来て、

転校手続きを済ませたあとにちょっと校内を歩こうとしていた時に、私と出会ったんだって。

 

「そういえば、ねえ、サツキ」

それから1週間くらいした放課後。私とユウは、屋上に来て、ユウがごはんを食べてるのを、私は横で見ていた時だった。

「はい?どうしたの?」

ユウの呼びかけに私が答えると、ユウが復習のために、見ていたノートから顔を上げて、私のほうを真剣な目で見てくる。

「サツキって、どうして幽霊になっちゃったの?」

とその真剣な表情のまま、聞いてくる。私は、そのユウの問いに、一瞬だけ空を見上げて、

少し目をつぶると、昔のことを話し始めた。

 

今からさかのぼること、15年前。

その頃は、私もアカデミーの生徒で、今と同じように毎日授業を受けて、クラスメートたちと騒いだりして。

自分で言うのもなんだけど、成績は悪い方じゃなくて、大魔道士クラスまで行ってたから、

いい方なのかな?なんてね。

ちょうどその日は、修練生の子たちを連れての校外研修に行っていたの。

私自身が校外研修に行くのが久しぶりで、ちょっと楽しみにしていた所はあったんだけど、

でも、あんなことになるなんて・・・

 

そこまで言ったところで、私が言葉を区切ると、ユウが私の顔を心配そうに覗き込んできた。

昔のことを話すのなんて初めてだったから、慣れていなかったのかな。下をうつむいて、

表情はとても暗くて。少し涙目にまでなっていた。

ユウは、そんな私を見ながら、涙を指でぬぐおうとしてくれる。

でも、私には体がないから、触ることは出来なくて・・・ユウの指は、空中で軽く横に動いただけだった。

「ねえ、サツキ・・・。悲しいなら、言わなくてもいいから・・。ごめんね?」

私に昔を話させることに、罪悪感を感じてしまったのか、悲しそうな顔をしてユウが言う。

私は、そんなユウを見て、首を横に振ると、

「ううん、大丈夫だから。ユウに、私のこと、知っていてもらいたいから」

そう言って、にっこりとユウに笑いかけた。

そして、「うん・・」と小声で言ってくれたユウを確認すると、再び私は話し始めた。

 

それで校外研修で、私たちはアカデミーの分校があるサーヴェランドまで行ったの。

「サツキせんせい―、今日の校外研修ってなにやるんですかー?」

「向こうの生徒さんたちと、一緒に簡単な魔法の実習をするのよー」

楽しそうに笑いながら私に話しかけてくる子供たちに微笑みながら、私も、子供たちに

負けないくらい楽しみな気持ちになっていたの。

そして、サーヴェランド分校での研修も終わって、こっちに帰ってきて、アカデミーの入り口でみんなを帰して・・・。

最初は、なにが起きたんだか全くわからなかったの。

目の前にあるアカデミーから、どーんってすごい爆発音みたいな音がして・・。

次の瞬間には、2階にあった準備室から黒い煙が上がっているのが見えたの。

それから、慌ててアカデミーの中から、生徒たちや、先生たちが出てきたんだけど・・

そんな中で、私の隣で泣きじゃくる修練生の女の子がいたの。

「どうしたの?大丈夫?」

私が声をかけると、その子は必死にアカデミーの中の方を指差しながら、

「まだともだちが中にいるの!お願い、助けてあげて!!」

と必死に叫ぶように言ってきた。

中に・・いる?ともだちが?あの煙の中に?

私は、その言葉から状況を確信すると、急いで煙が立ち込めるアカデミーの中に走っていった。

「サツキさん!?危ないから戻りなさい!!」

後ろからアメリア先生の声が聞こえてはいたけれど、中には・・まだ修練生の子がいる。

私は躊躇うことなく、そのまま昇降口をくぐって、アカデミーの中へと入っていったの。

 

アカデミーの中はすでに煙が充満していて、周りもよく見えない状況だったけれど・・

自分の記憶の中にある、2回への階段の場所へ必死に向かうと、上の方から女の子の泣く声が聞こえてきた。

私がその声がするほうに必死に走っていくと、階段を上がった所で泣きじゃくる女の子がいた。

私は、その女の子に近づいて、

「もう大丈夫だから・・。私が、助けに来たから」

そうにこりと微笑みながら言った。すると、女の子は安心したのか、気を失ってしまった。

私はその女の子が怪我をしているのを見つけて、慌てて治癒魔法でその傷を治してあげた。

それと同時に、すぐ近くで爆発がまた起きて、私と、抱えていた女の子が吹き飛ばされた。

壁に叩きつけられて、少し気を失っていたのか、気がついたら、周りは炎と煙に囲まれていた。

「この子だけは・・助けてあげなきゃ・・・」

よろよろと立ち上がりながらつぶやく。全身に激しい痛みが走って、私は苦しそうに顔をしかめる。

「・・・私の力じゃ、間に合わないかもしれないけど・・・」

私はそう呟きながら、女の子を抱えていた腕に、さらに力を入れると、静かに目を閉じて、

言葉を唱え始めた。

「ヴァリュース・アフ・セクティー・ジェヌ・クェルフィル・リーツェ・・・」

(時空を司りし精霊よ、その御名の力を我が命に答え貸し与えたまえ・・・)

私が言葉を紡ぐと、徐々に私の手、そして抱えられた女の子が光に包まれ始めた。

「ティリスポージェスティリエース(時空に乗り運びたまえ)」

閉じていた目を開くと、それまで腕にかかっていた重さがふっと消え去り、光に包まれていた女の子がいなくなった。

それと同時に、外から驚きの声が上がるのが聞こえた。

「よか・・・った・・・、成功・・・した・・・みたいね・・・」

私はそう小さく言うと、ずるずると壁にもたれかかるように座った。

「やっぱり・・一人を・・・運ぶので・・・精・・一杯・・だったね・・・。でも・・・

成功・・・できて・・・よかった・・・。アメ・・・リア・・先生に・・・怒られ・・・

ちゃう・・か・・な・・・、ごめ・・ん・・・な・・・さ・・」

煙に包まれる中で、私は呟きながら自分の意識がだんだんと遠のいていくのを感じていた。

遠くに、消防車のサイレンの音を聞きながら・・・。

 

「・・・私が覚えているのは、ここまでなの。次に気がついた時には、もう、幽霊になっていたから・・」

話している最中に、こぼれてきた涙をあふれさせながら、私はゆっくりとユウの方を見る。

ユウも、泣いているのが見えた。

「サツキは・・・幽霊になった時は・・・どうしたの・・?」

「そうね、もちろん信じられなかった・・。慌てて走るように、アカデミーの中を歩き回って。

でも、教室に行ったら、私が座っていた椅子には、お花が添えられていて・・・。

その場で、崩れ落ちるように泣きじゃくった・・・。でも、やっぱり誰にも聞こえなくて、

ひとしきり泣いてから、ずっと・・屋上で空を眺めてることにしたの・・・」

私はそこまで言うと、やっぱりまた、とても悲しくなってしまって、ユウの目の前なのに

両手で自分の顔をふさぐように泣いた。

それから、ひとしきり泣き終わると、もう陽もすっかり沈んで、あたりは暗くなっていた。

「あっ・・・!?ご、ごめんなさいっ・・・こんな時間なのに・・・」

私が慌ててユウに謝ると、ユウは私に笑いながら首を横に振った。

「ううん、いいんだ。サツキが泣き終わるまで、僕はサツキのそばにいるし。

もう、今までみたいに一人じゃないから。ね?」

ユウの優しい言葉は、私の心にとても染み入るようにはいっていった。

「一人でいるのはさみしくて、でも、どうにもならないから、ずっと空を見ていた・・・。

でも、本当は一人はいやだったの・・。誰かと一緒に・・・いたかったの・・・。

私は・・・ユウに触れることは出来ないけど・・・そんな私でもいいの・・?」

「うん。僕もサツキと一緒ならさみしくはないから」

ユウがそう言いながら、笑って私にそっと手を伸ばしてくる。

そして、次の瞬間に、私は自分の身に起きたことを疑った。

ユウが、私のことを抱きしめる。でも、ユウが抱きしめる感触が、私に伝わってきたから。

私だけじゃない、ユウもびっくりしたらしく、慌てて私から離れて、目をぱちくりさせる。

私も自分を見てみたけれど、何一つ変わってない。今までの私と一緒だった。

でも、さっきのが幻だなんて信じたくなくて、今度は私からユウに抱きついた。

そして、二人して今度は疑いじゃなく、その起きたことを確信した。

私とユウは、まるで本当の恋人たちのように、抱き合うことが出来ていたから。

それは、私にとっては驚くことであり、また同時に、とても嬉しいことだった。

「ユウ・・・!私、私、ユウに触れる!!ユウの暖かさ、わかるよ・・・!!」

「僕もだよ、サツキ。まさかサツキに触れられるなんて・・・夢なら醒めないでほしい」

そして、どちらからということもなく、自然と私たちは唇を重ねた。

夜の空に輝く無数の星空の下、私はユウと出会えたこと、そしてこうしてユウの暖かさを

感じられるように慣れたキセキに、心から感謝しながら・・・。

 

 

 

 

 

 

それから。

 

どうやら私は、ユウが私に触れてる時は他の人にも見えるようになっていたみたいだった。

それがわかったのは、それから3日後。

ユウと偶然手をつないで、屋上で座っていた時に、屋上にアメリア先生が来て・・・。

「さ・・・サツキさん・・・?」

どさどさと持っていた教科書を落としながら、私のほうを見て言う。

私も、ユウならともかく、アメリア先生が私のことが見えてることにとても驚いて、思わず立ち上がった。

その拍子に、ユウと手を離してしまい、また私の姿が消えたみたいで、きょろきょろと

アメリア先生があたりを見渡す。

「ユウ君、今・・そこにサツキさんが・・って、聞いても知らないわよね」

落とした教科書を拾いながらアメリア先生がユウに話しかける。

「いいえ?知ってますよ?だって・・ほら」

ユウはそう言うと、再び私の手をつないだ。

すると、再びアメリア先生にも私の姿が見えたみたいで、せっかく拾った教科書をまた

どさどさと地面に落としてしまった。

信じられないものを見ているような顔をしているアメリア先生を見ながら、私とユウは

お互いの顔を見合わせて、にっこりと笑うと

「アメリア先生、お久しぶりです・・・」

と私がにこやかに笑いながらアメリア先生に話しかけた・・・。


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